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神戸地方裁判所 昭和29年(行)27号 判決

原告 名方大介

被告 明石税務署長

主文

原告の請求はこれを棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「被告が原告に課した贈与税につき原告が昭和二十八年三月十八日なした再調査請求を被告が同年四月十六日なした取下によるものとしての終結処分の無効なることを確定する。訴訟費用は被告の負担とする。」旨の判決を求め、その請求の原因として、

被告は昭和二十八年三月七日原告に対し左記贈与税を課した。

(一)  金八十六万二千五百円 贈与税

(二)  金二十一万五千五百円 無申告加算税

そしてその課税原因は、原告が昭和二十五年三月二十日その実父である訴外名方平二より別紙目録記載の不動産の贈与を受けたということであつた。

しかしながら、原告はその実父より右不動産の贈与を受けた事実は全然存しない。右は原告の実父が原告の知らない間にその不動産を原告名義に所有権移転登記をし(登記の日は同年三月二十日)、昭和二十七年五月さらに訴外石田益三のため所有権移転登記をしたにすぎないものであつて、原告の全然干与しないところであり、原告において右不動産取得の事実もなければ又売買代金もしくは手数料等何一つ取得した事実もないのである。

よつて原告は前記課税の通知を受けるや昭和二十八年三月十七日被告に対し右課税に対する再調査の申立書を書留郵便で発送し、右書面は翌十八日被告に到達した。

しかるに被告は原告の右再調査の申立に対しその後何等の決定をもしないで今日に至つているものであるが、原告は昭和二十九年六月九日に至り右再調査の申立が昭和二十八年四月十六日被告により取下によるものとして終結処分に附せられていることを知つた。

しかしながら、原告は被告に対し右再調査の申立を取下げたことがないから被告の右処分は無効である。にも拘らず被告は原告が取下をしたから右処分は有効であると主張し、今に至るも何等の決定をもしないから右処分の無効確認を求めるため本訴に及んだものであると述べ、

被告の主張事実に対し、原告が被告から指示された金額に基いて昭和二十八年四月十六日金三十万一千七百五円を小切手で納税し本件贈与税の延納の手続をとつたことはこれを認めるが、右延納の話があつたのは同月十日頃のことで納期が同月十六日になつていたので一応納税したにすぎないものである。なお同年四月十六日に原告が被告に再調査申立の取下書を提出したこと等その余の被告主張事実はすべてこれを争う。原告が右のように延納の手続をとつたのは、差押をされると困るのみでなく一応納めねばならないものであるから納めただけであり、課税そのものに対してはあくまでも不服であつたのであり、従つて原告が再調査の申立を取下げるなどということはとうてい考えられないことであると述べた。

(立証省略)

被告指定代理人は、本案前の答弁として、「本件訴はこれを却下する。訴訟費用は原告の負担とする」との判決を求め、その理由として、

(1)  本件訴訟の争点を要約すれば、原告が自ら再調査請求の取下をしたかどうか即ちその取下書が真正に成立したものかどうかの点にあるが、究極においては課税処分そのものを争うものであるから、このような場合には抗告訴訟(無効確認訴訟を含む)によつて課税処分の違法性を争うべきものであり、しからずして本件のように単に取下によるものとしての終結処分の無効確認を求めるがごときは、いわゆる権利保護の利益を欠く不適法な訴として却下されるべきものである。

(2)  仮りに右主張が理由なく本件のような訴が許されるとしても、それは行政事件訴訟特例法第一条に規定する「公法上の権利関係に関する訴訟」に該当するものであつて、原告が確認を求める法律関係は原告と国との関係であり、同法第一条にいう「行政庁の違法な処分又は変更にかかる訴訟」ではないから行政庁を被告としてこのような訴訟を提起することは許されず、被告適格を欠く不適法な訴としてすみやかに却下されるべきである。と述べ

本案につき、主文同旨の判決を求め、答弁として、

原告の主張事実中、被告が原告主張の日に原告に対しその主張のような課税原因に基きその主張のような金額の贈与税を課したこと、原告がその主張の日に被告に対し再調査の申立書を発送し右書面がその主張の日に被告に到達したこと並に原告主張の日に被告が本件再調査の申立事案を取下によるものとして終結処分に附したことはいずれもこれを認めるが、その余はすべてこれを争う。

原告の提出した右再調査の申立書には相続税法施行令第二十六条に規定する提出書類の不備があつたので当時の明石税務署直税課資産税係長であつた訴外佐々木裕は申請書の到達した昭和二十八年三月十八日に原告に対し電話をかけその補正を命じたが、原告はその補正に応じなかつたので、右申立を却下すべきところ、その瑕疵が軽微であつたので被告はそのまゝ右申立を受理し再調査の結果原告の請求を理由なしと認めたのでこれを棄却すべく決議書等の準備をしていた矢先、原処分の指定納期である同年四月十六日に至り原告本人が突如明石税務署に出頭して再調査請求の取下をする旨申入れたものである。即ち、同日午前十時頃原告本人が前記佐々木係長のところに現れて、「昭和二十八年三月十五日付で提出した贈与税に関する再調査請求はその後弁護士に相談したところ、当方では名目課税と考えているけれども税法上課税されるのもやむを得ないとのことであるので取下をする。」と申立て、同時に「この税金の納付については現在手もとに現金がなく又自分は現在学究生活を続けている等の事情から一時に納めることができないから十ケ年の延納を認めてほしい。」と述べた。そこで佐々木係長は取下の問題はとに角延納の問題は所管外であつたので原告を伴つて署長室に行き当時税務署長であつた訴外公庄弘に面接させ一切を報告した。そして原告と右署長が取下並に延納申請のことについて懇談している間に佐々木係長は階下に下り原告が取下書を用意していなかつたので自分の席で取下書の文案を作りこれを資産税係雇訴外池沢千賀子に浄書せしめた。やがて原告は署長室から下りてきたので佐々木係長は浄書させておいた右取下書を示しこれに署名捺印を求めたところ、原告はその場において自ら日付を書き入れ署名をし且つ捺印をした(乙第二号証)。そこで原告は署長が延納を認めてやるといつたからその手続をしたいと述べたので、佐々木係長は主管係である総務課管理係え電話をし訴外大蔵事務官林某にその手続を依頼し且つ原告を右林事務官のもとえ行かせた。そこで原告は直ちに林事務官のところえ行き相続税延納申請書に必要事項を記入した後署名捺印してその手続を終つた(乙第三号証)。ところが右延納申請書の理由欄には記入がなかつたので林事務官はよく事情を知つている前記佐々木係長のところえ行き延納の申請理由を記入してくれるように依頼した。そこで佐々木係長は前記取下書の場合と同様申請理由の文案を自分で作成して前記の訴外池沢千賀子に記載を命じた。この間管理係において原告は利子税の免除をも要求したが、贈与税の納付についてはかゝる取扱をすることができないのでこれを拒絶した。原告は以上のとおり取下及び延納申請の手続を完了した後当日は帰宅した。ところが右延納申請書には記載事項に不備な点があつたので後日郵便により返送し補正を求めたところ、原告は補正をした上同年六月六日にこれを再提出した。右再提出にあたり原告は前記四月十六日に捺印した印鑑の他に他の印鑑を捺印して提出したので、これを受領した税務署においてはさきに捺印した印鑑の部分を二重線で抹消した。以上のように原告本人の手によつて再調査請求の取下がなされたのであるから佐々木係長は既に用意した再調査の棄却決議書を廃案とし、あらたに取下決議書を起して事案を完結せしめたものである。しかるに原告はその後昭和二十九年一月十九日に至つて実父である訴外名方平二とともに大阪国税局協議団のもとに出頭し苦情を申立て前記取下書について全然覚えはないと云い張るので、同国税局協議団苦情相談所においては一応事情を調査した上取下がなされていることを確認したので同年六月二十五日に右苦情相談所長より原告に対してこの旨を念のために通知した。

本件の真相は以上述べたとおりであるから原告の本訴請求は失当として棄却されるべきであると述べた。

(立証省略)

理由

(一)  先ず被告の主張する本案前の抗弁について判断する。

(1)  被告は本件のような訴はいわゆる権利保護の利益を欠く不適法な訴であると主張する。しかしながら、本件の訴は、原告の主張するところによれば、原告が適法な再調査の申立をしたのにも拘らず、被告の方では右再調査の申立の取下があつたからという理由でいつまでたつてもこれに対する決定をしないというのであるから、まさに右の申立が現在もなお係属しているのかどうか、従つて被告側においてこれに対する何等かの決定をなすべき義務があるかどうかについて争があるわけであるから、この点について裁判所に対し訴を提起して確認を求める利益があると云わなければならない。そしてこの場合再調査の決定又は審査の決定を経ないで直ちに原処分の取消訴訟を提起することができることは相続税法第四十七条第一項の規定により明らかなところであるが、右は本件の訴による判決を得ることによつて原告が所期しているような行政上の救済の方法(取下による終結処分の無効確認の勝訴判決を得た上で改めて再調査の決定を得更にそれについて行政上の不服申立をなすこと)によることを否定するものではないと解するのが相当である。(本件については相続税法第四十五条第三項第二号の適用はないものと解する)従つてこの点に関する被告の主張は直ちに採用できない。

(2)  次に被告は本件のような訴は国を被告とすべきものであり行政庁を被告とすることは許されないと主張するが、本件訴訟が行政庁の違法な処分の無効確認を求める訴であることは原告が請求の趣旨並に原因を変更した際の本件記録に徴して明らかなところであり、而もかゝる訴は行政庁の違法な処分の取消又は変更を求める訴に類似する性質を有するものであるから処分をした行政庁を被告として提起することができるものと解すべきである。仮に取下による終結処分がいわゆる行政庁の処分に該当しないとしても本訴の実体は原告が再調査の申立をした被告明石税務署長に対してその後右申立取下の意思表示をしたかどうかの点(いゝかえれば再調査の申立による原告と被告税務署長との公法上の法律関係の存否)にあるのであるから、これについて直接関与した行政庁たる右明石税務署長を被告とする本訴は適法であると云わなければならない。よつてこの点に関する被告の主張もまた採用できない。

(二)  そこで次に本案について判断する。

被告が原告主張の日に原告に対してその主張のような課税原因に基きその主張のような金額の贈与税を課したこと、原告がその主張の日に被告に対し再調査の申立書を発送し右書面がその主張の日に被告に到達したこと並に原告主張の日に被告が本件再調査の申立事案を取下によるものとして終結処分に附したことはいずれも当事者間に争がない。

原告は右再調査の申立を取下げたことがないのにも拘らず被告はその後右申立に対し何等の決定をもせず取下があつたものとして終結処分に附した違法があると主張するのに対し、被告は昭和二十八年四月十六日に原告本人自身が明石税務署において右申立を取下げる旨の意思表示をし且つ取下書に署名捺印をした上これを提出したから本件の申立事案を完結せしめたことにつき何等違法の点はないと抗争するのでこの点について考察することとする。成立に争のない甲第一号証、第四号証の一、二、乙第一、第三号証、並に印鑑が原告のものであることについては争なく、爾余の部分については証人佐々木裕の証言によつてその成立を認められる乙第二号証及び証人佐々木裕、林弘、下里君代の各証言を綜合すれば、原告の提出した前記再調査の申立書(乙第一号証、題名は異議申請書)には決定額の記載及び証拠書類の添付がなくその他不備な点があつたので当時の明石税務署直税課資産税係長をしていた訴外佐々木裕は同年三月十八日原告に対し電話でその補正を命じなお専門家ともよく相談するようにと伝えたが、これに対し原告は訂正する必要がないと云つてこれに応じなかつたので右佐々木係長はそれなら棄却するより仕方がないと被告側の内意を伝えたところ、原告は同月二十一日あらためて再調査申請書と題する書面(甲第一号証)を提出したが、その後同年四月十六日に至り原告は明石税務署に自ら出頭し、右佐々木係長に対し「異議申請(再調査の申立のこと)について弁護士に相談したところ弁護士は名目課税であるからやむを得ないだろう。だからあきらめて納税した方がよいと云われたから再調査の申立は取下げる」旨を申し述べたこと、しかしながらその当時原告の方から右佐々木係長のところにタイプで打つた書面でもう一度再調査をしてほしい旨の書類がきており且つ署長からももう一度よく調査をするようにといわれていたので佐々木係長はそのまゝ原告を同行して署長室のところに案内し署長と面談せしめたが、右面談終了後原告は本件贈与税について延納の手続を執つた上再び佐々木係長のもとに来て同人の面前で「再調査請求等取下げについて」と題する書面(乙第二号証)に自ら日付を書き入れ且つ署名捺印をした上これを提出したことがそれぞれ認められる。原告本人訊問のうち右認定に反する部分は前記各証拠に照してにわかに措信できないし、他に右認定を左右するに足る証拠はない。そして同日原告が被告から指示された金額に基いて金三十万一千余円の金員を小切手で納税し延納の手続をとつたことは原告も認めるところであるが、右延納の手続万端がさきに認定した再調査の申立の取下のあることを前提として進められたことは前記各証拠によつて明らかなところである。

はたしてそうだとすれば、本件の再調査の申立は被告の主張するように昭和二十八年四月十六日原告自身の手によつて取下げられたものであり、従つて右取下に基き本件申立事案を完結せしめた被告の処分は適法なりと云うべく、右取下のないことを前提とする原告の本訴請求は爾余の点について判断するまでもなく失当として棄却を免れない。

よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 石田哲一 中村友一 土橋忠一)

(目録省略)

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